*今回は本の紹介です。亡くなられた吉川元忠氏の『マネー敗戦』で捉えられている構造~資本輸入国が基軸通貨国となる矛盾を為替ディーラーの女性が現代にあわせて解説しています。投資信託・生命保険、米国との商取引等で意図せず米ドルに投資させられている日本人、法人が多いなか、日本経済の仕組みを考える上でも是非、読んでいただきたい一冊です。
<吉川元忠氏プロフィール>
1953年都立日比谷高校、1958年東京大学法学部卒業。日本興業銀行に入行。同行産業調査部副部長などを歴任。その後サセックス大学やコロンビア大学で客員教授に就任。聖学院大学政治経済学部教授を経て、1995年より神奈川大学経済学部教授。2005年3月退官。著書『マネー敗戦』でバブル崩壊後の日本経済の低迷を日米マネー戦争の敗北の結果であると論じ、大きな話題となる。
まず、最初に吉川元忠氏の『マネー敗戦』について
この本は、1980年代前半から1990年代後半までの日本経済史そのものである。
プラザ合意から円高、バブルとバブル崩壊、日米構造協議、アジア通貨危機からBIS規制へと「マネー敗戦」の経過が詳細に分析されている。
吉川氏が「マネー敗戦」で捉えられている構造とは
80年代前半、米国のマネー経済はレーガノミックスの下で急速な変貌を遂げ、経常収支が赤字となり、資本を輸入して赤字を埋めるようになる。世界一の債権国だった米国は一転して世界最大の債務国になり、その債務を穴埋めしたのは日本からの海外投資だった。本来、資本輸出国と資本輸入国との関係では、資本を輸出する側が自国の通貨建てで起債し、資本輸入国が発券した債券を輸出国の貯蓄超過分が吸収する。ドイツはそのようにして、ユーロ・マルクによる起債で資本輸入国の債券を発行させ、その債券をフランクフルト市場に上場させることを発券側に求めた。日本は、なぜか円建ての起債ができず、ドル建て債券である米国債の購入のみで資本輸出を続け、対外純資産をドルで貯めこみ、相次ぐ為替切り下げによって膨大な資産減価を余儀なくされた。日本が蓄積した経常黒字と対外純資産は為替変動で常に減価させられ、日本経済のデフレ圧力となり、デフレ圧力は輸出条件の円安ドル高を求め、円資金はドル債券に流れて米国経済に成長と繁栄をもたらした。米国は基軸通貨特権の行使によって、日本から米国へ富の移転を自由自在に実現し、その構造を維持して成長と均衡を達成している。
資本輸出国が為替リスクを負うという本末転倒した不平等・不合理な構造。ドルを支えるために資産減価の自己犠牲をなぜか、身を滅ぼすまで続ける日本のエリートと円。これこそ吉川氏が告発する捻じれた日米経済関係である。80年代前半に原型ができたこの構造を米国はずっと後生大事にし、日本の「マネー敗戦」後の21世紀まで持続、さらにその構造の中に中国をも組み込み、現在まで続いている。
その矛盾に岩本女史は、為替ディーラーの現場で仕事する中で気づき、今回紹介する本の中で告発している。
『為替占領』
岩本沙弓著(ヒカルランド)
直近の8月4日の日銀による為替介入では、一日で4.5兆円もの資金が投じられたと報道されている。「短期債券という日本国債発行によって作られたこれだけの資金」が、ドル資金に変わり、米国債として米国の財政を国会の承認もなく支えていく。もちろん、米国の天文学的な債務残高に比べれば、雀の涙程度にしか過ぎないが、地位にしがみ付きたい菅 直人総理としてはこれで米国のご機嫌を取っているつもりなのだろう。
ところで、為替介入は「円高是正」という名目で行われているが、現在のわが国は本当に円高なのだろうか?
論理的に考えるとこの説明がウソであることは専門家ならば皆知っている。
では、そのことを説明しよう。
周知の如く、円とドルを比較して、円の価値が高くなってドルが安くなることを「円高ドル安」と我々は通常呼んでいる。1ドル100円が80円になれば、円高と解釈される。海外旅行をしたときに、100円で買っていたものが80円で買えるわけだから、円で買い物すれば割安になる。外国人が日本へ旅行すれば、逆の現象となる。この辺までは、誰でも少し考えれば理解できるはずだ。ドルを中心に考えているために、1ドル当りの円が少なくなっていくと「円高」になるわけだ。
以上の見方は我々の社会常識だが、実は間違った考え方なのである。単純に円だけを考えてみてもわかるが、通貨の価値は一定ではない。経済状況や時代によって、価値が変遷していく。明治時代の1円は、今の1円よりも遥かに大きな価値があった。かつて百円札があったが、その時代はお札にするほど100円にも価値があったのだ。この点は、どこの国の通貨でも同じで、米ドルも同様だ。同じ1ドルと言っても、価値は常に変化している。
当然のことだが、国民生活にとって重要なのは、手持ちの通貨によって生活が成り立つかどうかだ。たとえ1兆円持っていたとしても、第一次世界大戦後のドイツのようにハイパーインフレに見舞われ、パンを買うのにマルクをリヤカーに積んで行かなくてはならない状況でどうしようもないだろう。つまり、通貨の価値とは相対的なものなのである。
もちろん、このことはほとんどの方が理解しているはずだが、どういうわけか為替の話になると勘違いしてしまう人が多い。表面的な80円とか76円とかの数値に騙されてしまうのである。為替変動に関しても、当然相対的な価値で考えなければならない。
つまり、自国や相手国がインフレなのかデフレなのか考慮する必要がある。仮に日本がデフレで米国がインフレといった違いがあるのならば、物価変動分を是正して比較しないと意味がない。(もちろんこの外に、貿易の比率も考慮に入れる必要がある)
当然、このことは日本銀行も理解しているから、我々が普段目にする為替レートを「名目為替レート」、各国のインフレ率や貿易の比重を加味したものを「実質実効為替レート」と呼んでいる。重要なのは、後者の「実質実効為替レート」の方であることは言うまでもない。
ご存知のように現在、わが国がデフレである。デフレでは通貨の価値が相対的に上がるから、他国がそれ以上のデフレでない限り、その国の通貨に対して円は値上がりすることになる。したがって、現在の米ドルとの関係では、円が上がって当然だと言うことになる。
「名目為替レート」と「実質実効為替レート」については、日本銀行のHPに公表されている。以下のものがそれで、赤線が「名目為替レート」(左目盛り)、青線が「実質実効為替レート」(右目盛り)となっている。(http://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/cgi-bin/famecgi2?cgi=$graphwnd)
これを見ると、いろいろなことがわかるが、直近の「実質実効為替レート」は103ぐらいになっている。(「実質実効為替レート」は指数で、2005年を100としている) 103なら、2005年当時(小泉政権)と比較して円高とは言えないはずだ。
大企業には優秀な社員が揃っているから、名目レートと実質実効レートとの違いを知らないはずはない。にもかかわらず、名目レートでの採算割れを強調しているのは、為替介入よる差益を期待しているからに他ならない。本当は円高ではないのに損失が出ているのであれば、それは企業経営に問題があることを意味しているだけなのである。
為替介入した結果、米国債という形でドルは米国内へ流れ、その資金が米国の景気を刺激する。そのことがわが国の輸出企業の利益にもなっている。ともあれ、円高是正を目的とした為替介入は、輸出企業にとってどうにもうま味のある話であることは間違いない。彼らも利益を追求するビジネスマンであることを忘れてはならないだろう。利益になるのであれば、当然、手段は厭わないはずだ。
よくよく考えてみればわかることだが、為替介入で割を食うのは、回りまわって税金で最後に負担させられる一般国民の方である。あまりに大きな仕掛けなので、騙されてしまうのであるが、最後に誰かがそのツケを払うわけで、それがサイレントマジョリティーである一般国民なのである。この構図を改めるには、少しでも本当のことを知る日本人が増えるしかない。
ところで、米国の格付け会社スタンダード・アンドブアーズ(S&P)が、米国債の格付けをトリプルAから一段階下げたが、ヨーロッパ諸国の財政も危機的状態なので、わが国の財政も同様の事態あるいはそれ以上として、警鐘を鳴らす不可思議な人たちが後を絶たない。
しかし、本当のことを言えば、これは悪質な便乗商法であって、決してまともな日本国民は真に受けてはならない。経済の専門家と称する人たちの大半は、原発ムラの住人同様、御用学者で、権力者の太鼓持ちを務めている。
財務省や財務省に踊らされる日本のマスコミが囃し立てるように日本の財政は確かにピンチで、政府債務は天文学的な数字になっている。しかしながら、G7の国々の中で日本政府が持つ政府資産は突出して巨額である。不思議なことにこのことを指摘する人は、ほとんどいない。(日本政府の純債務は、300兆円ほどである。)また、日本の国債は殆どが国内で購入・運用されているので、外国に対する債務が返済不能となるデフォルト(債務不履行)に陥ること不可能なのだ。
残念ながら、日本政府は、現状では、デフォルトしたくともできないのである。
それでは、日本人は外国の権威筋の発言を盲信する傾向があるので、我国の財政についてIMF(国際通貨基金)が何と言っているか、昨年10月に発表された「国際金融安定報告書(GFSR)」の中から引用してみよう。(「為替占領」から引用)
短期的に見て、日本の国債市場に問題が起きる可能性は考えにくい。安定的な国内貯蓄と大幅な対外経常収支の黒字のおかげで、国債消化のために国外資金はこれまで必要とされてこなかった。しかし、長期的に見れば、人口が老齢化し労働力人口が縮小するに従って、債券市場を支えてきた民間貯蓄の高さ、投資の国内バイアス、円資産に代わる代替資産の乏しさといった要素は弱まるであろう。
このように短期的には何の問題もないわけだ。IMFが指摘しているように、デフレ経済が長引いて民間貯蓄が減少すると国債の消化は難しくなるが、逆に言えば、貯蓄が増え続けている限り、国内消化は可能なわけである。(デフレ脱却する経済政策ができれば、中期、長期的にも何の問題もない。このことを「日本封じ込め政策」によって1985年以降、ブロックされてきたのだ。)
また、わが国の国債は極めて低金利だが、これは国債の価値が高く、買い手に不自由していないことを示している。国債を買っているのは、金融機関を中心とする機関投資家と郵便局の資金だ。要は、国民一人一人の預貯金が国債の購入に当てられているのである。現在は超低金利だから、国債の金利と預金利息の差が銀行の収益となっている。銀行が預金を集めるのに熱心なのは、このためだ。
したがって、勤勉な日本人が生活を切り詰めて預金してくれる限り、国債を発行しても買い手がいなくなることはあり得ないし、ましてや暴落することもない。預金などの増加ペースに合わせて国債を発行してゆけば、問題が生じることはないはずだ。
政府(財務省)は、この辺の因果関係を熟知しているから、国債が売れ残るという事態には至らない。
機関投資家は、所有する国債を貸借対照表に掲載しなければならないが、ここで問題が一つ生じる。不良債権は評価減する必要があり、不良債権が多いと経営を圧迫する。国債も債権の一つだが、国債に関しては対象外となっている。これには「時価会計」が絡んでいるが、著者はこう説明している。
現在の日本でなぜ市中にお金が出回らず、国債の発行額が増え続ける中で、国債の暴落が発生しないのか。そこには国債の時価会計が免除されているという点が大いに関係している。時価会計が免除となれば、購入した債券は毎年安定した運用益を生み出すだけである。利回りが低下して運用益が少なくなれば、その分購入額を増やせばよい。たとえ、債券市場が急落したとしても、評価損は表に出す必要がないのだから、運用益だけが順調に溜まっていく。
少しテクニカルな話だが、概要はご理解いただけるのではないか。時価会計は、(見かけの)景気がよかった米国で導入された制度で、期末に資産を時価で評価し直す手法です。実態のないカラ景気に湧いていた米国企業にとって、都合のよい制度でした。日本やヨーロッパでも導入が検討されましたが、リーマンショックで自分たちの尻に火がつき始めると、これまでの方針を180度転回して時価会計を反故にしてしまいました。損失がなるべく少なく見えるように、制度を変更したのです。
米国は真に身勝手な国で、自分たちの都合のよいように制度変更します。それが覇権国の特権だというわけでしょうが、リーマンショックの時にはお仲間の企業に資本注入して、世界中を唖然とさせました。普段は市場原理主義を謳っていたのに、この時は露骨な社会主義政策を推進しました。倒産させると社会的な影響が大きすぎるというのが救済の理由でしたが、当の米国は平気で他国を転覆したり、経済崩壊に導いたりしていますから、勝手なものです。 この制度変更により、我国でも国債の時価評価をしなくてもよいことになり、機関投資家による保有が拡大しました。これまで日本から収奪しまくってきた米国ですが、日本より先に米国が沈没しつつあります。先日、米国の株式市場は暴落しましたが、今後もこうした状況が続き、以前の姿に戻ることはないでしょう。他国を陥れた因果は、巡り巡って自分のところへ戻ってくるのです。我国は、これ以上巻き添えを食わないようにしなければなりません。
これまで縷々述べてきたように、日本が財政破綻してデフォルトに陥ることはありません。将来的には判りませんが、少なくとも現状では破綻は有り得ません。にもかかわらず、財政破綻を声高に唱える人が後を絶ちません。彼らは何を考えているのでしょうか?
こうした日本破綻論者の特徴は、金融資産のリスク管理を奨めていることにある。
具体的には、株式購入や海外預金を勧めるケースが多いようだ。要するに外資のために、投資の勧誘をしているわけで、人の好い日本人の恐怖心を煽って判断能力を失わせようとしているのだから、詐欺に近いと言うべきかもしれない。
例えば、ポピュラーなのは米ドル預金だが、普通に考えたらドル安傾向に歯止めが掛らない現状では、ドル預金をすると確実に損をするしかない。しかし、「日本が財政破綻して沈没しても、ドルは基軸通貨だから安全」というよくある破綻本のストーリーに乗せられてしまったら、心配になって海外へ資金移動する人が出てくるかも知れない。
この点に関して、岩本女史は次のように述べている。自らの体験を述べているから、非常に説得力がある。
仮に日本破綻推進派の言う通り日本が破綻し、日本の経済状況がとんでもないことになっても、外貨預金をしているから円安に振れても大丈夫、などとどうして言い切れるのだろうか。個人でも法人でもよいのだが米ドル預金していたとして、たとえ邦銀にドル口座を持っていたとしても邦銀は日本国内に米ドル勘定を持っているわけではなく、米国のFRBの当座預金で最終的には全て米ドルのコントロールがされる仕組みとなっている。すると、どのようなことが発生するか。日本経済が崩壊しているときにドル預金の引き出しを頼んでも、対日本への送金には決済リスクがあるなどと理由をつけて、つまりこんなに経済が混乱していては資金を動かすことこそが更なる混乱を招くと言ってあっさり停止されるのがおちだ。大々的に宣言しなくても、実質的な対日預金封鎖ということだ。
まさかと思われるかもしれないが、9・11同時多発テロの際には動かさないでくれと米銀から言われた日本の米ドル資金が実際に大量にある。送金しても決済がきちんと確認できるのか非常事態ではわからないので、資金は動かしかねるというのだ。銀行側の人間として本店の意向に従い日本の顧客に頼んだ本人が言うのだから間違いない。決済リスクはいかにも正論に聞こえるが、混乱に乗ずると何でもありになってしまうということを個人投資家も肝に銘じておくべきだろう。
外貨預金するということは、自分の手が届かないところへ資金が移動することを意味する。それが米国のような大国であった場合は特に、実質的に預金封鎖されるリスクが高い。こんなことは、日本の金融マンは、決して教えてくれないが、落ち着いて考えれば容易に想像がつくことである。
ドル預金等の外貨預金を奨める人も、ここまで理解しているとは思えないが、結果として外資の手先として働いていることになる。
それでは、日本国破綻を強調する人々の動機は様々考えられるが、彼らの裏にいる国際金融資本家たちは何を考えているのだろうか? つまるところ日本破綻論を展開し、あるときは為替介入によって日本政府を通じて、あるときは内外の金利差や、海外投資商品の高金利をうたって日本国民の資金を海外へと導き出したあとに円以外の通貨価値の減価により、日本国が貸している資金を棒引きにするためのシナリオが動いているのではないかと考えるのが自然である。
国際金融資本家にとって、ドルの価値を上下させるのは容易だが、円の方はさすがに自由に操れないようだ。そこで円を外貨預金という形で海外流出させ、減価してしまえばよいわけだ。そうすれば、米国の借金を棒引きすることができる。この場合、日本破綻論者は、しっかりと彼らのお先棒を担いでいることになる。
当り前のことだが、世界一の債権国であるわが国の金融資産は外国から狙われている。こんな状況下で、国際政治・経済のことを知らない人が海外へ投資するのは、カモがネギを背負って行くようなものである。
為替取引の現場からの貴重な指摘を是非、多くの方に知っていただきたい。
また、この本を読んでいただければ、以前レポートで指摘させていただいた日米経済戦争のカラクリがよくわかっていただけるのではないだろうか。
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