*今回は本の紹介です。
*まず、始めに何回も引用しているエマニュエル・トッド氏の鋭い指摘をもう一度読んでいただきたい。
日経ビジネス2009 11・2号より「今週の焦点」より
エマニュエル・トッド氏(歴史人口学者・家族人類学者)
「ドルは雲散霧消する」
問 2002年の著書「帝国以後~アメリカ・システムの崩壊~」で「前代未聞の証券パニックとそれに続いてドル崩壊が起こる」と予言しました。今や現実となっています。
答 確かに私は2つの予言をしました。昨年のリーマンショックによって証券パニックは現実におきましたが、ドルの崩壊はこれからです。
リーマンショック後にドルが世界の資金の避難先になったことは正直驚きでした。
しかし、これはドルの内なる力ではなくて、世界中の指導階級たちが依然として米国、そしてドルの世界の調整者としての役割を信じようとしているからです。まだ、何も実績を残しておらず、戦争状態にある国の大統領にノーベル平和賞が与えるなんて不条理の極みとしか言いようがありません。しかしこれが、世界が米国という存在に幻想を抱いていることの表れです。
問 今後、ドルの崩壊はどうやって起きると予想していますか。
答 金融危機が落ち着き、通常の経済活動に戻れば、ドルの下落が始まるでしょう。しかし私が恐れているのはドルの為替レートが上がるとか下がると言ったレベルではありません。経済力の裏付けのないドルは雲散霧消すると考えているからです。
ドル崩壊のシナリオは2つの観点から考えられます。1つは経済的な観点。これは米国経済の衰退が限界点を超えると、中東の産油国や中国がドルに見切りをつけることです。もう1つは軍事的な観点です。グルジアとロシアの紛争で何もできなかったように、アフガニスタンは、米国の無力を象徴する出来事になる可能性があります。
問 ドルの崩壊後、別の基軸通貨が誕生するのでしょうか。
答 私は経済学者ではないので、答えがあるわけではありません。しかし、20ヶ国地域首脳会議(G20)など世界の指導者が集まる場で、ドル崩壊後の世界について真剣に議論すべきです。ドルに代わる基軸通貨がない現状で、世界各国がドルを買うことは、解決できない矛盾を積み重ねて、近い将来の大暴落の被害を大きくしているだけです。私はアジアの中央銀行の総裁だけにはなりたくありませんね。
問 ドルの崩壊と同時に、自由貿易への警鐘を鳴らしています。
答 今、必要なことは、世界の需要をどう作り出すかです。第2次大戦後は自由貿易の時代でした。輸出によって新たな需要が生み出され、生産が増えて賃金が上昇し、需要を創出する好循環が続いていました。しかしそれは賃金の低い新興国の存在がなかった場合にのみ成立した枠組みです。自由貿易の名の下、世界の労働者の賃金は単なるコストを見なされた。企業はコストが低い新興国に生産拠点を移し、賃金は下がり、世界中の需要は縮小する負の連鎖に陥ったのです。
この世界の需要不足を補うために調整役を担ってきたのが、米国の過剰消費だったのです。米国はその役を担うために、大量の国債を発行して借金を増やし、その借金を日本や中国が支えてきました。世界各国が、この枠組みを支えてきたのです。しかしリーマンショックによってその歪みがあらわになりました。
問 保護主義への回帰には批判が強いと思いますが、
答 私は自由主義の代わりに保護主義を取るべきだと主張しているわけではありません。しかし保護主義がタブーとされ、全く聞く耳を持たないことは問題です。歴史の一場面においては、一時的に特定分野での保護主義は必要ではないでしょうか。そして世界の需要がある程度の水準まで回復したら、また、自由貿易に戻せばいいのです。
(引用終わり)
「「通貨」を知れば世界が読める」浜 矩子著 (PHP新書)
為替、通貨に関してはいろいろな本が出ているが、この本は、非常にわかりやすく的確でこれ一冊読めば、とりあえず類書を読む必要がないというお忙しい方にとって本当にいい本である。
著者の浜矩子女史は、度々TVに出演しているのでご存じの方も多いのではないだろうか。
基軸通貨の米ドルは過去のレポートでも何回も指摘しているように大変危うい状態にある。もちろん、欧州ユーロもこれからどうなるのか予断を許さない状況だ。
その中で浜女史は大変な名言を書いている。「その国にとって良いことが世界にとっても良いことであると言う関係が成り立っている国の通貨」が、国際的基軸通貨と呼ぶに価する。大英帝国が世界の富を一手に握った「パックス・ブリタニカ」の時代のポンドがそうであり、第2次世界大戦後の「パックス・アメリカーナ」の時代のドルもそうであった。
当たり前のことだが、彼女の現状分析は、的確かつ厳しい。 2000年代も後半になり、通貨を取り巻く状況を大きく変えた二つの金融事件が起きた。2008年のリーマン・ショック、及び2009年のギリシャ金融危機である。前者は、既に実質的には基軸通貨の座を降りたにも拘わらず、それを認めようとしないアメリカへの退場勧告とも言うべきものであり、後者は、ドルに替る基軸通貨として期待されたユーロが、その役割を果たせないこと、更に、その存在すら危ぶまれるものだと言うことを示す警告であった。
また、円高圧力の強い日本の現状分析には、円を「裏基軸通貨」として展開するのが良いとしている。この点についてはいろいろな意見があるだろう。
今回の東日本大震災で、地球的なサプライチェーンがどれだけ大きな影響を受けたかを考えても、グローバルな世界での日本の経済的責任は大きい。円が動けば世界が揺れる、日本の物作りが揺らげば世界が倒れてしまうのだ。世界一の債権国は、自らの行動や降りかかる命運の波及効果を常に意識しておかなければいけない。
日本という国は、明らかに、米国の庇護の下で子供じみた振る舞いをする幼稚園時代から決別する時が近づいている。にもかかわらず、いまだに幼稚園のPTAをやめたくない人であふれているのが現状の日本である。
自立した大人の国の大人の通貨を大人らしく管理する覚悟が求められているのである。強い通貨と豊富な債権、そして知恵と工夫を用いて、如何に豊かな国を築いて行くかが問われていて、日本がこれから大人の世界を自力で開拓していかなければならない。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には、理性のある女史ははっきり反対している。当然のことであろう。 TPPは、環太平洋の国々が協定を結んで自由貿易圏を作ろうと言うものであるが、要は特定地域の囲い込み政策:経済ブロック政策で、いわば集団鎖国主義である。通貨と通商の世界における自己防衛的囲い込みが、地球経済を分断して行くのが最悪のシナリオであると彼女は鋭く指摘している。
その意味で日本のマスコミにおいては現在、TPPについても全く大人の議論がされていない寂しい状況にある。
もちろん現在、困窮した米国は日本を庇護しようなどとは120%考えていない。だったら、日本には自立する選択肢しか残されていないはずだ。
最後に「地域通貨」の可能性に言及しているのも的確だ。彼女は,今起っている恐慌は,ソブリン恐慌といって国の財政破綻に起因する恐慌であり,今までの恐慌概念とはまったく状況の違う経済現象だと見ている。アメリカの財政破綻も深刻で,もはやドルの基軸通貨にはあり得ない。だとすれば,これから世界の基軸通貨になる通貨を持つ国はあるのか? 彼女は無いという。
世界の基軸通貨が存在しないでは,世界経済は混沌として,世界はまさにグローバルジャングルになってしまう。これから私たちは,そのグローバルジャングルの中をどう歩いていけば良いのか? 彼女の問いかけはそういうことであって,彼女は「地域通貨」に大きな可能性を見ている。
ところで、アフリカ、リビアのガダフィー政権崩壊とアフリカ共通通貨についても言及してもらいたかったところである。何にしてもアメリカニズムに毒されていない名著である。
<本書の内容> 目次を紹介
はじめに 通貨を知ることは、世界経済を知るということ
・震災後の日本で見えてきたこと
・「最後の金本位国」の栄光
・黄昏を迎えつつあるドル
・通貨の「二十一世紀的回答」はなにか
第一章 われわれはなぜ通貨の動きに一喜一憂するのか?
1. お金に翼が生えた日
2. 「ラインの黄金」をめぐって
3. 為替介入は是か非か
4. 通貨の動きは読めない、しかし
5. 基軸通貨という幻想
・第二章 基軸通貨をめぐる国家の興亡
1. 大英帝国とポンド、そしてシティの栄光
2. 「通貨戦争」の勃発
3. バックス・アメリカーナの時代
4. ユーロという新しい可能性
第三章 通貨の「神々の黄昏」
1. 落日のドルに止めをさしたリーマン・ショック
2. ユーロの夢の終わりと現実
3. 実は世界を動かしていた「円」の知られざる実力
第四章 これからのドル、ユーロ、そして円と日本
1. それでも「1ドル50円」になる理由
2. 遅れてきたプレーヤー「人民元」は基軸通貨になれるのか
3. 1ドル50円へ…最善のシナリオ
4. 1ドル50円へ…「最悪」のシナリオ
5. ユーロ崩壊の日は本当に来るのか
6. まったく新しい円の時代へ
終章 来るべき「二十一世紀的通貨」のあり方とは
・明日の通貨を探してめぐる「二つの問い」
・イタリアのある町で生まれた「甘い物通貨」
・スイーツが通貨に変わる日
・花より団子ならぬ「カネよりアメ」
・どんな通貨も、最初は地域通貨だった
・次の基軸通貨探しに汲々とするよりも
・御足は長いか、短いか
・単一通貨ではなく、共通通貨
・世界経済を短足通貨が支えるモデル
・3Dに展開される通貨の世界
・お財布の中にいろいろな通貨が入っている時代へ?