リーマンショック(2008年)以後、世界を席巻した新自由主義の行き詰まりが表面化し、それとともに世界の富豪62人が下位35億人に匹敵する資産を持つなど極端な富の集中が起き、貧富の格差が世界的に拡大していることを多くの人が知るようになってきました。また、日本においても失われた20年間を経て日本社会の影の部分の一つである子供の貧困問題が識者に指摘され、注目を集めるようになってきました。実際に日本は先進国の中で突出して相対的な貧困状態にある子どもが多い国になっています。特に大人が一人の世帯では相対的貧困率が50.8%にも達し、平成26年度版「子ども・若者白書」によれば、子どもの相対的貧困率はOECD加盟国34カ国中10番目と高く、OECD平均を上回っています。子どもがいる現役世帯のうち大人が1人の世帯の相対的貧困率はOECD加盟国中、最も高いのが日本の厳しい現状です。現在、日本では、約一千万人の人が年に84万円以下の所得で暮らしていますが、この人たちの所得を年84万円に引き上げる為の金額はわずか、2兆円に過ぎません。これだけの金額で基本的には日本の貧困問題を大幅に改善できるということになります。
ところで今、世界的に話題になっているBI(ベーシックインカム)とは、「勤労するかどうかにかかわらず、国がすべての個人に無条件で一定の所得を支給する」というものです。2016年6月にはスイスで「大人には月2500スイスフラン(約28万円)、子どもには625スイスフラン(約7万円)を支給する」というBI導入の是非を問う国民投票が行われました。結果は反対多数で否決されたものの、国内外から大きな注目を浴び、投票者の4分の1弱に当たる23.1%が賛成票を投じています。また、世界各地において給付者を限定した形での給付実験が始まっています。フィンランドは本年1月、失業者2000人を無作為に選び、毎月560ユーロ(約7万円)を2年間支給する実験を開始しました。支給されたBIは課税されず、仕事に就いて収入を得ても失業手当のように減額されることはありません。また、カナダのオンタリオ州は今春から18~64歳の低所得者4000人を対象にBIを実験導入しています。実験は3年間で単身者には年最大1万6989カナダドル(約140万円)、夫婦には年最大2万4027カナダドル(約199万円)が支給されます。
それではなぜ、今、ベーシックインカムが注目されているのでしょうか。その背景には、労働が人工知能に置き換わることで失業が急増するとの予測があります。2013年、オックスフォード大学の研究チームは今後10〜20年間に米国の総労働人口の47%が機械に置き換わる可能性があると指摘しています。その中には製造業などの単純労働だけでなく銀行員、ファイナンシャルアドバイザー、コンサルタント、法律家といった知的労働も含まれています。人工知能によって人の仕事がどの程度奪われるのかについては、まだ、未知数ですが、多くの仕事が人工知能に置き換わっていくことが確実な時代に私たちはどんな仕事で稼ぎ、政府は社会保障制度をどう維持していくのかが、問われています。その一つの答えとして浮上してきたのが、BIです。
日本では、まだBI(ベーシックインカム)の議論はどこか遠い国の話のように受け止められていますが、若者世代が高齢者を扶養する現行の「賦課方式(世代間扶養)」の年金制度が立ち行かなくなることが確実なわが国こそ、BI導入の可能性を真剣に考える必要があるのではないでしょうか。
*東愛知新聞に投稿したものです。