さらば、閉ざされた言語空間

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4月 102018

戦後を代表する評論家である江藤淳氏には、「閉ざされた言語空間~占領軍の検閲と戦後日本」という名著がある。江藤氏は昭和54年、ワシントンに9か月間滞在し、3つの図書館で一次資料を精力的に調べ、米国による日本占領前(周到な計画)、占領後(実行)の検閲の実態を明らかにした。そしてGHQは、その計画通りに終戦後、約8000人近くもの英語の話せる日本人を雇用し、彼らを使い、秘密裏に日本のメディアに対する徹底した「検閲」を行った。江藤氏がこのような調査をおこなったのは、戦後30年以上経過した昭和54年当時においても占領期と同じことが日本社会で起きているという一種不思議な感覚を拭い去ることができなかったからだとも書いている。おそらく、これは鋭い作家の直感だったのだろう。「北朝鮮外交の真実」という本の著者でもある元外交官原田武夫氏は、この件について下記のように書いている。

「米国は日本独立後も引き続き、日本メディアを監視し続けている。しかも、その主たる部隊の一つは神奈川県・座間市にあり、そこで現実に77名もの「日本人」が米国のインテリジェンス・コミュニティーのために働き続けているのである。そして驚くべきことに、彼らの給料を「在日米軍に対する思いやり予算」という形で支払っているのは、私たち日本人なのだ。「監視」しているということは、同時にインテリジェンス・サイクルの出口、すなわち「非公然活動」も展開されていることを意味する。」

つまり、江藤淳氏の直感は正しかったのである。彼も文庫本あとがきに「文庫に収めるにあたって、テクストの改変は一切行わなかった。米占領軍の検閲に端を発する日本のジャーナリズムの隠微な自己検閲システムは、不思議なことに平成改元以来再び勢いを得始め、次第にまた猛威をふるいつつあるように見える」と書いている。一例を上げるなら、昨年11月には、トランプ大統領が米国大統領として初めて治外法権である在日米軍基地経由で日本に入国するという異例のパフォーマンスをしてきた。たしかに米国大統領は米軍の最高司令官なので、日米地位協定に規定される軍人と見なすことは、可能だが随行してくる国務省の職員は民間人なので、本当は米軍基地経由で日本に入国することは、厳密に言えば、地位協定上、問題があるはずなのである。しかしながら、このことを指摘する日本の大手メディアは一つもなかった。逆に評論家の池田信夫氏は、トランプ大統領が横田基地から日本に入国したのは、米軍は在日米軍基地から自由に出撃できると北朝鮮に見せることだと解説しているほどだ。しかしながら歴史はそれとは違う方向に動き、この5月には、歴史的な米朝首脳会談が行われることになっている。韓国の一存だけでこのようなことが進むはずはないのでトランプ周辺が動いていたことは間違いないだろう。その後、このことは、日本テレビの取材でも裏付けられている。ところで平成20年には、江藤氏の上記の著書を引き継ぐような大阪大学名誉教授松田武氏の「戦後日本におけるアメリカのソフトパワー~半永久的依存の起源~」という本も出版され、詳細に日本社会の言論状況を分析。アメリカ合衆国のソフトパワーは、戦後日本のエリート知識人を精神的にアメリカに依存する弱々しい人間にしてしまったように思われると結論している。現在、朝鮮半島情勢、イスラエルをめぐる中東情勢、英国のEU離脱によるヨーロッパ情勢、トランプ登場による米国の内部分裂、日本を取り巻く情勢が大きく変わろうとするなかで日本も「閉ざされた言語空間」の扉を、勇気をもって開く時を迎えている。

アベノミクスの舞台裏

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4月 042018

総務省統計局のホームページを見ると、世帯単位における裕福さ、生活レベルの度合いを示す指標の一つであるエンゲル係数は、昭和40年には38.1%、生活水準の向上に伴い低下が続き、昭和54年には30%を下回り、平成19年には23%となっている。そのエンゲル係数が平成25年より上昇、現在26%に迫っている。主因はアベノミクスによる円安による輸入物価の上昇と景気拡大が続いているのに、実質賃金が低下する過去の景気拡大局面では見られなかった事態が続いていることにある。

 ところで、アベノミクスという経済政策は、大規模な金融緩和、拡張的な財政政策、民間投資を呼び起こす成長戦略という三本の矢から成り立っている。しかしながら、バブル崩壊後、財政赤字を積み重ねてきた日本には財政余力が乏しく、既得権益が強い日本では、有効な成長戦略が打ち出せないなかで今まで有効に機能してきたと言えるのは、金融緩和だけである。大規模な金融政策導入の政策根拠となったのが、第二次安倍内閣が発足する総選挙前に出版された浜田宏一氏の「アメリカは日本経済の復活を知っている」という本である。そもそも中央銀行による異次元金融緩和とうものは、20089月のリーマンショックによって始まったものである。ITバブル崩壊の後、2000年代に2倍の価格に上がった米国の住宅価格が下落。そのため、20089月には、住宅証券(AAA格)が40%下落。この下落のため、住宅証券をもつ金融機関の連鎖的な破産が起こることになった。ところで米国の住宅ローンは、日本(200兆円)の約5倍(1000兆円)の巨大な証券市場を形成している。ところで、住宅ローンの回収率で決まる価値(MBS等の市場価格)が40%下がると、金融機関が受ける損害は、400兆円になる。ちなみに、米国の金融機関の総自己資本は200兆円レベルである。

そのため、20089月には、米国大手のほぼ全部の金融機関が実質で、債務超過になってしまった。金融機関の債務超過は、経済の取引に必要な流通するマネー量を急減させる。当然、株価も下がり、ドルも下落した。20088月は、1929年に始まり1933年まで続いた米国経済の大収縮、つまり信用恐慌になるほどのスケールのものであった。放置しておけば、信用恐慌を招くことが必至、そこで米政府は金融機関の連鎖的な倒産を避けるため、銀行に出資し、FRBは銀行が保有する不良化した債券を買い取ってドルを供給することにした。

その総額は、リーマン・ブラザースの倒産直後に1兆ドル、その後も1兆ドルを追加し、129月からのQE3の量的緩和(MBSの買い)も加わって、FRBのバランスシートは、3.3兆ドルと20089月以前の4倍以上に膨らんでいった。金額で言えば、FRB2.5兆ドル(250兆円)の米ドルを、金融機関に対し、増加供給した。買ったのは、米国債(1.8兆ドル:180兆円)と、値下がりして不良化した住宅証券(MBS1.1ドル兆:110兆円)である。FRBによる米国債の巨額購入は、米国の金利を下げ、国債価格を高騰させた。この目的は、国債をもつ金融機関に利益を与え、住宅証券の下落で失った自己資本を回復させることにあった。同じ目的で、もっと直接に米国FRBは、40%下落していたMBS(住宅ローンの回収を担保にした証券)を1.1兆ドルも、額面で買っている。米ドルを増発し続けてきた米国FRBは、「出口政策」を模索している。出口政策はFRBが買ってきた米国債やMBSを逆に売って、市場のドルを吸収して減らすことである。これを行うには、米国債を買い増ししてくれる強力なパートナーがいないと、米国はドル安になって金利が上がり、経済は不況に陥ることになる。世界最大の債権国である日本が採用したアベノミクスによる円安政策は、実は、米ドルとドル債買いであり、円と円債の売りである。このような仕組みで日本は、同盟国であるアメリカの経済をアベノミクスによって支え続けてきた。これがアベノミクスの舞台裏である。 

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